テニスの選手 A, B の年間の対戦成績は,A の 23 勝 13 敗であった。両選手の力に差があると判断してよいか。有意水準 5 %で検定せよ。
1. 検定の準備:仮説を立てる
まず、この問題で私たちが統計的に確かめたいことは何か、そしてその比較対象となる基準は何かを明確に設定します。
-
証明したいこと(対立仮説 $H_1$): 私たちが「こうではないか?」と主張したい仮説です。今回は「両選手の力に差がある」ことを確かめたいです。Aが勝つ確率を $p$ とすると、両者の力が互角($p=0.5$)ではない、ということなので $p \ne 0.5$ となります。
-
まず疑うこと(帰無仮説 $H_0$): 上の主張を証明するために、いったん「いや、両選手の力に差はなく、実力は互角だ」と仮定します。これが帰無仮説で、検定によってこの仮説が間違っている(棄却できる)かどうかを検証します。数式では $p = 0.5$ と表します。
【このステップのポイント】 A選手の23勝13敗という結果は、勝ち越しているのは事実です。しかし、これが「実力差」によるものなのか、「たまたま運が良かっただけ」なのかを判断するために、まず「もし本当に実力が互角だったら…」という世界(帰無仮説)を基準に考え始めます。
2. 「もし仮説が正しければ」の世界を考える
次に、「もし帰無仮説が正しい(両選手の実力が本当に互角)だとしたら」という世界を想像し、その世界での平均的な結果とバラつきを計算します。
まず、総試合数 $n$ を計算します。 $n = 23勝 + 13敗 = 36$ 試合
実力が互角なら、Aが勝つ確率 $p$ は $0.5$ です。36試合のうちAが勝つ回数を $X$ とすると、$X$ は二項分布 $B(36, 0.5)$ に従います。
-
期待値 $m$ (実力が互角なら、Aは何回勝つと期待できるか?) 【暗記】 期待値 $m = n \times p$ (補足:$n$ は試行回数(総試合数)、 $p$ は1回あたりの成功確率(Aが勝つ確率)) $m = 36 \times 0.5 = \bf{18}$ (回) もし実力が互角なら、36試合すればAは平均して18回勝つ(18勝18敗になる)と期待できます。
-
標準偏差 $\sigma$ (結果は平均からどのくらいバラつくか?) 【暗記】 標準偏差 $\sigma = \sqrt{n \times p \times (1-p)}$ (補足:$(1-p)$ は失敗する確率、つまりAが負ける確率) $\sigma = \sqrt{36 \times 0.5 \times (1-0.5)} = \sqrt{9} = \bf{3}$ (回) これは、結果が平均の18勝から、だいたいプラスマイナス3勝くらいの幅でバラつくのが「よくあること」の範囲である、という目安を示します。
3. 観測されたデータの「珍しさ」を数値化する (Z値の計算)
この「平均18勝、バラつきの幅3勝」を基準として、今回実際に観測された「23勝」という結果が、どれほど珍しい(平均から離れている)出来事なのかを客観的な指標 Z値 で表します。
【暗記】 Z値の計算式 $$Z = \frac{X – m}{\sigma}$$(補足:$X$ は観測された回数、 $m$ は期待値、 $\sigma$ は標準偏差)$$Z = \frac{X – 18}{3}$$ このZ値は、平均が0、標準偏差が1の標準正規分布 $N(0, 1)$ に従います。
4. 判断基準(棄却域)の設定
どれくらいZ値が0から離れていたら「実力に差がある」と判断するかの基準(ライン)を決めます。今回は「差があるか」を問う両側検定なので、有意水準5%をグラフの両端に2.5%ずつ振り分けます。
正規分布表から、上側2.5%と下側2.5%の境界となるZ値を調べると、それぞれ 1.96 と -1.96 になります。
したがって、計算したZ値がこの範囲の外、つまり Z ≦ -1.96 または 1.96 ≦ Z であれば、それは「偶然にしては珍しすぎる」と判断し、帰無仮説を棄却します。この範囲を棄却域と呼びます。
5. 最終的な計算と結論
それでは、実際に観測されたAの勝利数 $X=23$ を使ってZ値を計算し、判定を下します。
$$Z = \frac{23 – 18}{3} = \frac{5}{3} \approx \bf{1.67}$$
計算されたZ値は 約1.67 でした。(解答画像の1.7は、途中で丸めた値です) この値と、ステップ4で設定した棄却域(Z ≦ -1.96 または 1.96 ≦ Z)を比較します。
$$-1.96 < 1.67 < 1.96$$
Z値 1.67 は、棄却域に入らず、偶然でも起こりうる範囲の中に収まりました。 これは、「たとえ実力が全く互角でも、36回も対戦すれば、23勝13敗くらいの偏りは、十分に起こりうる」ということを示しています。
この結果から、「両選手の実力は互角である」という帰無仮説を棄却するだけの十分な証拠は得られませんでした。
【結論】 帰無仮説を棄却できないため、「両選手の力に差があると判断することはできない」という結論になる。 (※これは「実力が同じだと証明された」のではなく、「実力に差があると断定できるほどの証拠は見つからなかった」という意味です。)